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五輪おじさんの山田直稔さんが死去、金色袴に日の丸扇子、一体何者だったの?

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「五輪おじさん」として、1964年開催の東京オリンピックから、

2016年のリオデジャネイロオリンピックまで、全14回に渡る夏季五輪に足を運び、

日本選手団を応援し続けた「五輪おじさん」こと、山田直稔(やまだ・なおとし)さんが9日、心不全で亡くなりました。92歳でした。

五輪おじさんの本業は実業家、という事で事業内容や、

山田さんについて書いていきたいと思います。

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報道の内容

東京オリンピックを目前に、

ご本人を偲ぶ声が多く聞かれます。

ネットの声

多くの悲しみの声が寄せられています。

山田直稔さんのプロフィール

氏名:山田 直稔さん

年齢:享年92歳

出身:富山県井波町

最終学歴:日本大学工学部建築学科

実家は屋根屋で木材販売も行っていました。

しかし、第二次世界大戦場勃発した事により、学徒動員で造船所に送られた過去。

それから日本大学工学部を卒業したのち、ワイヤロープ会社に就職し、

最終的には会長に就任。

オリンピック観戦の始まり

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1960年に開催された東京オリンピックを皮切りに、

2016年のリオデジャネイロまでの全16回に及ぶ

夏季オリンピックの応援に駆け付け、

その姿は金色の袴と、金の扇子を持った変わったおじさんがいる

との事で注目を集めていました。

最近では大相撲の観戦で、画面に映り込む姿も多く確認されていましたね。

事業家としての顔

日本大学を卒業し、就職したのがワイヤロープ製造会社。

そこで営業としての頭角を現しました。

関東地区の販売責任者としての業績が認められ、

着々と、堅実な業績を収めたことが浪速商事の会社ホームページで紹介されています。

浪速商事とはロープの加工会社で、田中氏は取締役会長を務めていました。

ロープと言っても、繊維の方ではなく、工業系の鉄製のワイヤーロープを専門としており、

業界では「ロープの浪速」として、名の通る企業のようです。

年収はどれくらい??

世界中の五輪にこれまで16回も行かれた田中さん。

会長職という事もあり、その年収が気になりますね。

ちなみに1回のオリンピック応援遠征にかかる費用は約1000万円は使っていると過去の証言があります。

4年に一回、それほどの額を出せる事を考えるとかなりの額を稼がれていたのではないでしょうか。

おわりに

2020年の東京五輪の応援も意気込みが聞かれていただけに、

山田さんの死を悼む声が多く聞かれます。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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